らららクラシック
“ぎょぎょぎょ”となる臨場感
「マタイ受難曲」は、今から300年ほど前に書かれた宗教音楽。68曲の独唱や合唱で構成され、演奏に3時間もかかる大作だ。歌詞は新約聖書・マタイ伝に基づいて創作されたもの。イエス・キリストが十字架の上で死を迎える受難の物語が描かれ、毎春、イエスが亡くなった「聖金曜日」に演奏された。バッハは、先祖代々音楽家の家系に生まれながら9歳で両親を亡くした苦労人。15歳で聖歌隊員として自活を始め、18歳でオルガン奏者に就職。地道な努力のなかで教会音楽家としてのキャリアを築いた。バッハは38歳から亡くなるまでドイツ東部の町 ライプチヒの教会で音楽監督をつとめた。そこで最初の数年間は毎週日曜の礼拝の音楽を年60曲という超人的なペースで作曲。歌だけでなく様々な楽器を駆使して、凝った曲を作った。明治学院大学の樋口隆一教授によると「毎週毎週歴史を作るような傑作を書いた」という。「マタイ受難曲」をバッハが作ったのは多忙を極めた42歳のころ。それまで培ったテクニックを駆使して、人間の残酷さを「ぎょぎょぎょ」となる劇的な表現で描いている場面も。まるでイエスの死に立ち会ったかのような臨場感あふれる音楽を作曲した。
“人間の弱さ”を描いた名アリア
「マタイ受難曲」全68曲の中で、とりわけ美しいと多くの音楽家に愛されてきた一曲がある。深い悲しみのアリア「神よ、あわれみたまえ」(第39曲)だ。このアリアのもとになっているのは、聖書にある「ペテロの否認」というエピソード。ペテロは、イエスの一番弟子でありながら、イエスが捕縛された時、自分が捕まりたくないばかりに、イエスのことを「知らない」と裏切ってしまう。あとで卑怯な自分に気づいて号泣するペテロ。 このアリアは悔やんでも悔やみきれないペテロの後悔を描く。バッハ・コレギウム・ジャパン音楽監督の鈴木雅明によると、これは現代人にも通じるテーマで、“人間の弱さ”をあらわすのだという。