らららクラシック

戦争がきっかけで生まれた傑作

1914年に勃発した第1次世界大戦で傷を負い、右手を失ったピアニスト、パウルウィトゲンシュタイン。彼はピアニストとして活動を続けるために、当時人気作曲家だったラヴェルに左手だけで弾けるピアノ協奏曲を依頼します。このめずらしい依頼はラヴェルの作曲家魂に火をつけ、高い芸術性が求められる作品が完成しました。ところがウィトゲンシュタインは、当初あまりの難しさに到底左手だけでは弾けないと、自分で勝手に編曲を加えて演奏してしまいます。そのことがラヴェルの怒りを買います。その後ウィトゲンシュタインは猛練習しました。ついにラヴェル指揮のもとで行われたパリ初演は大成功を収め、この作品は世界的な評価を得ることになりました。

当時のラヴェルの心象風景

既に取り掛かっていた作品を中断してまでもこの作品の作曲に熱中したことには、ラヴェル自身の戦争体験が深く関わっています。ラヴェルはトラック運転手として自身も参戦し、危険な前線にも赴き、戦場の悲惨さを目の当たりにしました。さらに戦争中に最愛の母をなくし、戦後は郊外での隠居生活のような暮らしを続けるようになりました。そんなラヴェル復活の転機となったのは、1928年の4ヶ月に及ぶアメリカへの演奏旅行。本場のジャズに触れ、新時代を象徴するアメリカの音楽に大きな刺激を受けたのです。この曲にはラヴェルが当時抱えていた二つの内面が映し出されています。

ジャズとクラシック音楽の融合

新時代の音楽であるジャズの音楽とフランスの伝統音楽の要素が作品の中に共存するこの作品。その2つの要素がどこに隠れているかゲストの作曲家・林達也さんが解説します。
まず、ジャズに典型的な「裏拍から入り半音下行」という形が独奏ピアノに表れます。またクラシックの要素としては「フランス風序曲」が挿入されています。こちらもリズムに注目すると、フランス風序曲に特有な「4拍子、付点を含むリズム」が使われています。壮大な雰囲気もまさにフランス風序曲を彷彿させます。

 

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林達也(東京藝術大学准教授)

林達也東京藝術大学准教授)

 

大学では作曲法を指導。ピアニストとしても活躍。

 

「左手のためのピアノ協奏曲(抜粋)」ラヴェル務川慧悟(ピアノ)
田中祐子(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)